凄いスピードで走らない方の”F1”

年度の切り替えで色んな雑務が山積みになってる皆さん、ドーモ。任期終わるのに、来年の関連書類を作成してる、特論=サンです。バクハツシサン!

 

 

さて、色んな報道もあって、”例のあの方”の問題は科学的には片付くような気がしますが、動物学特論としては「F1マウス」について、書いておかないといけないと思ってます。報道で勘違いが多いんですが、F1マウスっていう凄く早そうな固有のマウスがいるわけではないです。

 

マウスおよびラットの命名方法はルールがあって、日本語でも公開されています

http://www.jalas.jp/pdf/iczn.pdf

ただ、上の日本語版だと致命的なことに、本文のリンクが間違ってるので、張っておきますね

MGI-Guidelines for Nomenclature of Mouse and Rat Strains

 

この場合、Fはフォーミュラではなく、Filial(=雑種世代の, 子の)の頭文字です*1。このFは近交系同士の交配の世代数にも使います。

 

「F1マウス」って単に書かれると、「交雑第1世代のマウス」ってことを意味してますので、どんなマウスなのか想像することできないんですね。親の情報何にも書いてないことになるので。

 

 

最初の頃の記事に書いたように、”近交系マウスはほとんどの遺伝子がhomoとして維持されているマウス”ですので、近交系と近交系の掛け合わせ第一世代(F1)は、すべての遺伝子をheteroに持つ個体になります。ですので、F1マウスは近交系ではありませんが、ゲノムの構成が明らかなので、系統と同じように扱います

 

 

今回の事例だと、129X1(旧名 129/Sv)とC57BL/6の掛け合わせですので、

129B6F1:雌が129X1、雄がC57BL/6

B6129F1:雌がC57BL/6、雄が129X1

の2種類のマウスが生まれる可能性があり、これらを雌雄逆転交配(reciprocal cross)とか呼んだりします。この両者の場合、ミトコンドリアDNAとY染色体が異なることになりますね。

 

命名法のルールで、”左側に(最初に)雌の系統名を書く”ということになっているので、某所で話題のマウスは雌が129X1ってことになるわけです。

 

 

ちなみに、B6129F1マウスは、タコニックで販売しています*2

http://www.taconic.com/cs/Satellite?blobcol=urlimage&blobkey=id&blobtable=TA_Media&blobwhere=1347208719268&ssbinary=true

(写真はタコニック社より引用 http://www.taconic.com/B6129

 

このF1マウス同士を掛け合わせる(inter cross)と、交雑第二世代のF2マウスとなります。このF2マウスは、それぞれの染色体について、元の両親のどちらのものを持っているかがわからなくなるため、雑種(Outbred)となります。

 

例えば、

129B6F1 X 129B6F1の交配で生まれた129B6F2マウスは、ミトコンドリアDNAが129X1、Y染色体がC57BL/6由来という以外は、すべての染色体でどちらの親由来かはわかりません。 

加えて、卵子精子の生産過程で、染色体の相同組換えも起こるので、F2マウスのゲノム構成はバリエーションに富んでいることになります。

 

 

左が雌で右が雄、交配自体の記号は「×」で系統名では省略可。ついでに「/」は近交系における亜系統を分ける記号なので、交配やF1・F2マウスには使わないってことだけ覚えて下さいね。テストに出します! ・・・講義もってないけど

 

追記:

Q 例のあのお方はなんでF1マウスを使ったの?

A それ、本人に聞かないとわかりませんよ。ただ、一般的にはマウスの細胞、特に卵子や胚などは、近交系由来だと弱いことが昔から言われていて、発生工学の材料としてB6C3F1などの雑種を用いるのはよくあります。

*1:ですので、戻し交配であるバッククロスの場合は、Fは使わずNを使います。あれ?そういえば、このNって何の略だっけ?

*2:特殊な系統については、Jackson研究所でも販売しています http://jaxmice.jax.org/strain/100409.html 

ESについても問題なく作れるみたいです Jean-François Schmouth et al. "Non-coding-regulatory regions of human brain genes delineated by bacterial artificial chromosome knock-in mice" BMC Biology 2013, 11:106 とか