飼育環境を一定にすることは何故重要なのか?その1 ―温度―

『特論だから、著名な先生来るんだよな!』みたいな院生の期待が、音を立てて崩壊するのを壇上で経験したことありますか?僕はあります、動物学特論です。

 

さて、先日イントロを書いた飼育環境の話。まずは飼育の際の温度について、マウス・ラットを例に講義します。

 

すでに本職の先生が詳しくまとめられているので、そちらを参考にしてもらえばいいのですが*1、外部からも見れる日本の動物実験施設での基準を2つほど書きだしてみます。

 

  • 東北大学:マウス・ラット・ハムスター・モルモット 20~26℃、ウサギ・サル・ネコ・イヌ 18~26℃
  • 長崎大学:マウス・ラット・ハムスター・モルモット・ウサギ 20~26℃、サル・ネコ・イヌ 18~26℃

このように、似たりよったりな基準がほとんどの大学で採用されていますが、これはひな形となる「実験動物の飼養及び保管等に関する規準」が日本実験動物環境研究会(Japanese Society for Laboratory Animals and the Environment)*2から出されていて、これを参考にしているためです(もしくは、これらの動物実験施設の管理者が策定にかかわっているため)

 

この基準はどうやって決められたのか?

さて、ではこの基準はどうやって決められたのでしょう?ほとんどはアメリカなど諸外国の規定を参考にして決められている訳ですが、それにしたって”その大元となる根拠”がどこかにあるはずです。

 

その辺の詳しい解説が『実験動物の環境と管理』に示されています(どっちかというと、旧版の方が詳しかったりしますが)

新版 実験動物の環境と管理

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私たちのような「温度は一定に管理してる動物実験施設で、実験を行うもの」として当たり前に受け入れている世代ではなかなか室温の影響なんかを実験しようにもできない(=お金が出ない)ので、必然的に古い論文なんかを参考することになるわけですが、例えば、

 

  • マウスでは、低温環境下(12~18℃)でも、初産・2産ともに出産率・離乳率・平均産子数は変わらないが、高温環境下(28~32℃)では平均産子数・離乳率が有意に低下し、初産よりも2産で影響が顕著である
  • ICRマウスでは、低温環境下および高温環境下で、摂水量が増加するが、高温環境下の方がより顕著である。Wistarラットでは、高温環境下でのみ摂水量が増加する
  • ICRマウスでは、高温環境下において、哺育中の子供の体重が低下する。この現象は、2産よりも初産でより顕著にみられる
  • Wistarラットでは、4週から9週までの体重の増加において、雄では高温環境下で、雌では低温環境下・高温環境下ともに、20~26℃環境下での飼育よりも減少する
  • 妊娠したラットを32℃以上の高温環境下で飼育すると、妊娠21日目付近で死亡する個体が出てくる
  • ICRマウスにおいて、低温環境下・高温環境下で飼育された個体では、臓器重量(体重比)に差異が生じた

 

などの例が、挙げられています(古い論文を下敷きにしているので、この本のデータがどのくらい本当なのかってことには注意が必要ですが)。また最近の論文だと、腫瘍に室温の影響があることが示されたりしてます*3

 

というわけで、室温を一定にするってことは、何も法律や省令を遵守するってだけではなくて、自分の実験データに余計なノイズを入れないためにも重要な事なんですね。

 

 

動物の体温に影響するポイントって何か考える

で、具体的に、自動制御している空調を持った動物飼育室の何が室温に影響するのかってことですが、空調機の制御方式(センサーなど)・室内の気流・湿度・換気の回数・動物の飼育密度などが影響すると言われています。

 

イントロでも書いたように、日本では明確な設置基準を持たないため、実験室の一部を動物飼育室に改装し、”一般の空調機で”室温管理する研究機関も依然として存在しています。これらの場合、気流や湿度、換気の回数などの制御は、ほとんど期待出来ません。そういう場合は、日々、気温とかモニタリングしてないといけないわけですね。

 

一方、中央動物実験施設の空調管理に問題点はないかって言うと、当然、あります。ほとんどの研究機関の動物実験施設では、空調機の温度センサーは各部屋ごとには設置されていません。もちろん、予算が潤沢にある機関であれば、そうしたいのは当然なんですが、ほとんどがエリア制御*4しています。管理者に問い合わせて、『いやいや、当所は各部屋ごとに温度制御していますよ。えっへん』って場合も、施設整備の部署に問い合わせると、大概、エリア制御してます。

 

このようなエリア制御の利点は、低コスト運用が可能ということですが、当然、基準となる部屋のセンサー付近に予期せぬ事が生じた場合は、エリア内全体の室温がずれてしまいます。動物実験施設の空調機の設定は、動物の飼育密度を考慮に入れて設計することが多いので、センサーが設置してある部屋がガラガラだったり、過密飼育だったりすると、ちょっとずつずれたりします(実体験)。

 

それでも、一般の空調機よりは動物向けの制御ができることには変わりはありませんけどね

 

結論

  • 実は室温って、結構、実験データに影響する
  • 一般空調では動物飼育室の室温制御は割りと難しいので、可能な限り、所属してる研究機関の動物実験施設を利用した方が無難

 

以上、非常に長い共通利用施設のステマでした

 

次回は、湿度と照明とかやります

 

 

*1:この辺とか http://www.jalas.jp/gakkai/edu_training.html この辺 http://www.clar.med.tohoku.ac.jp/regulations.html

*2:http://www.jslae.jp/

*3:Kokolus KM et al. "Baseline tumor growth and immune control in laboratory mice are significantly influenced by subthermoneutral housing temperature" PNAS. 2013;110(50):20176-81. とか。ただ、このグループの論文ばっかりヒットしてくるので、注意

*4:基準となる部屋にセンサーを設置し、エリア内は同じ空調機で制御する方式