飼育環境を一定にすることは何故重要なのか? ―イントロ―

動物学特論です。この日記のコンセプトは、”生物学系の大学で動物使って研究始めるB3の学生に、動物の講義を教えたいけど・・・そうだ!オムニバスで特論にしちゃえ”って感じなので、ようやく本論っぽくなってきます。まぁ、すぐに脱線します

 

アメリカのJackson研究所のHPに以下の文章があります

 Minimize Environmental Stress

Inbred strains of mice are maintained by successive sister x brother matings. Reproductive performance and behavior are strain dependent and should be well researched before a mouse is imported. For example, strains like C57BL/6J are very susceptible to environmental stress, and breeding difficulties may be avoided by minimizing human activity, noise, handling, etc. in the rooms housing them. Often, changing the light/dark cycle from 12/12 to 14/10 improves breeding performance.

 Tips on care and handling http://research.jax.org/grs/type/inbred/inbred_care.html

 

日本では12時間/12時間となってる明暗周期も、繁殖群では14時間/10時間にしてみろとか細かくアドバイスがしてあるわけですが、「こんな”環境維持”の基本を、大学で学ぶ機会があったかな?」と振り返ると、ほとんどの大学で無いのではと思います。

 

それには色んな理由があるんですが、一義的な理由としては、”日本には明確な動物ごとの実験施設の設置基準が存在しない”というところなんですね。

 

 

それでも、一応、条文の中で動物実験施設の基準を明記している法律や省令はいくつかあって、

  • 実験動物の飼養及び保管並びに苦痛の軽減に関する基準(平成18年4月28日 環境省告示第88号)*1
  • 動物の愛護及び管理に関する法律(昭和四十八年十月一日法律第百五号 最終改正:平成二五年六月一二日法律第三八号)*2
  • 医薬品の安全性に関する非臨床試験の実施の基準に関する省令(平成九年三月二十六日厚生省令第二十一号 最終改正:平成二〇年六月一三日厚生労働省令第一一四号)*3

などが挙げられます。その他にも、サル類の飼養保管には別に設置基準があったりします。結構大変なんで、サル類についてはいずれ。

 

例えば、環境省告示では

 (2) 施設の構造等

管理者は、その管理する施設について、次に掲げる事項に留意し、実験動物の生理、生態、習性等に応じた適切な整備に努めること。

 

ア 実験等の目的の達成に支障を及ぼさない範囲で、個々の実験動物が、自然な姿勢で立ち上がる、横たわる、羽ばたく、泳ぐ等日常的な動作を容易に行うための広さ及び空間を備えること。

イ 実験動物に過度なストレスがかからないように、実験等の目的の達成に支障を及ぼさない範囲で、適切な温度、湿度、換気、明るさ等を保つことができる構造等とすること。

ウ 床、内壁、天井及び附属設備は、清掃が容易である等衛生状態の維持及び管理が容易な構造とするとともに、実験動物が、突起物、穴、くぼみ、斜面等により傷害等を受けるおそれがない構造とすること。

 となっており、温度や湿度、換気、明るさなどは可能な限り一定にすることになってます。しかし、この”適切な範囲”ってどの程度なのか知ってますか?

 

 

次回以降は、この”適切”な環境条件について、マウス・ラット(一部、イヌとかウサギ)をメインに一つずつみていこうと思います。

 

ちなみに、環境省告示の(2)施設の構造等 ウ にもあるように、「実験動物が、突起物、穴、くぼみ、斜面等により傷害等を受けるおそれがない構造」というのが問題となって、現在ではラットのブラケット型飼育装置は使われなくなりつつあります。古い施設だと、備え付けの大型自動水洗飼育ラックにこの方式を使ってるところもあるので、要注意ですね

"春日部の11番"

動物学特論です。予定では、学術的な飼育管理法を書こうと思っていたんですが、特論なんで、もっとこう概論とか各論で出てこないようなどうでもいいことを書こうと思います、はい

 

さて、今日はKK/Taマウスについて(画像は日本クレアHPより)。

 

http://www.clea-japan.com/animalpege/animal/animal06.jpg

 

主な供給元:

日本クレア http://www.clea-japan.com/animalpege/a_1/b_01.html

 

糖尿病を研究している人なんかは、KK-A<y>とか派生した別系統でも”KK”をご存じかもしれませんね。

 

KK/Taマウスは、高脂肪食下で早くから肥満となり、血糖値の上昇、尿糖陽性を示すようになるII型糖尿病のモデルマウスです。雄の方がより深刻な症状を呈し、この点ではKK/Taより派生したKK-A<y>マウスとは異なります。

 

このKKマウスですが、由来は日本です。それが表題の”春日部(K)の11番(K番)”となるわけですね。

 

KKマウスは、名古屋大学農学部家畜育種学講座の近藤恭司らが、春日部で捕まえた野生マウスの中で、IDを「K」と振っていたラインから、多尿でケージがベチャベチャになるものを見つけたことから始まります。

 

 

「これはどうも糖尿っぽいぞ?」と実際に思ったかどうかはさておき、その後、武田薬品工業株式会社に移され、そこで系統樹立して今の糖尿病モデルとしての利用が始まります。

ですので、ラボコード*1武田薬品工業(株)のTaとなってます。また、無駄な知識が増えましたね!

 

その後、西村によって、KK/TaにA<y>アレルが導入され、雌でさらにシビアな症状を呈するKK-A<y>が系統樹立され、こちらも武田薬品工業(株)で薬効評価に用いられることになります。

 

実はこの近藤研はその他にも、ペットショップで売っていたネズミの中から、アレルギー性皮膚炎のモデルマウスであるNC/Ngaマウスを見つけて系統樹立するなど、多くの疾患モデルマウスを発見したマウス遺伝学のメッカの一つなんですね。今は、その面影はないようですがマウスの育種をメインにされていないようですが

 

 

ともあれ、春日部はもっとこう、糖尿研究に貢献した(してる)ってことでアピールしてもいいような気もするんですよね。ゆるキャラで、メタボなおっさんマウスの”けーけーちゃん”とかどうっすか?

 

ちなみに、このKKマウスはミトコンドリアDNAがC57BL/6Jなどとは異なることが示されています*2。ご興味ある方は是非

*1:どの研究機関で維持されているかを示すもので、近交系は「/」の右側、クローズドコロニーは「:」の左側に1~3文字のアルファベットで記します

*2:マウス系統間でmtDNAが異なるのってそれほど多くありません。詳しくは、Goios A et al. "mtDNA phylogeny and evolution of laboratory mouse strains." Genome Res. 2007;17(3):293-8

じゃぁ、C57BL/6マウスを使えばいいのか?

答えは、端的に言えば、”ほとんどの”場合がYes

 

http://jaxmice.jax.org/images/jaxmicedb/featuredImage/000664_lg.jpg

写真は、Jackson研究所HP C57BL/6J http://jaxmice.jax.org/strain/000664.html 

 

主な供給元:

日本クレア http://www.clea-japan.com/animalpege/a_1/e_02.html

日本SLC http://jslc.co.jp/mice/c01_f.htm

日本チャールズリバー http://www.crj.co.jp/product/domestic/detail/25

 

動物学特論です。こんな書き方をすると、遺伝学がご専門の方々に怒られそうですが、バックデータが最も集積しているという意味では、ほとんどの場合で間違いではないと思います

 

本来はこの問いかけ自体があまり意味はなくて、例えば、様々な種類のイヌをいっぱい集めて来て、”この中でもっともイヌらしい品種を決めよう”と投げかければ、全員が違う犬種を指す・・・みたいな話です。

 

同様の話で、「マウスはヒト疾患モデルには向かない」という論文が定期的に出てくるんですが(本質的には当然そうなんですが)、実は特定の系統だけを見ている場合が多く*1、「単にモデルの選定ミスじゃないか?」って指摘がされる*2*3までが様式美です

 

ただ、”ほとんどの”と書いたのには理由があります。

 

C57BL/6のJかNかを気にしてみる

C57BL/6系統がどのようにして樹立されたかについては、総説やJackson研究所のHPを見に行ってもらうとわかるので割愛するとして、ここ最近、C57BL/6JとC57BL/6Nの違いが立て続けに報告されました*4

 

Mekadaらの論文*5に、C57BL/6がどのように「J亜系」と「N亜系」に分かれていったのかが、一塩基多型マーカー(SNP)を使って詳しく書かれています。ここでいう亜系とは、同一の近交系の中で、それぞれ別の近交系とまでは分かれてないけど、明確に区別できる集団のことだと思って下さい(大雑把)。これも定義は、結構複雑です。

 

それによれば、元々のC57BL/6系統から1948年にF24でJ亜系が、1951年にF32でN亜系がそれぞれ分かれていったとされています。のちのちになって、NIHで維持していたC57BL/6亜系をC57BL/6N、Jackson研究所で維持していたC57BL/6亜系をC57BL/6Jとしたわけです。

 

この時(1976年から1984年にかけて)、J亜系にだけ、突然変異が入り、Nnt(nicotinamidenucleotide transhydrogenase)遺伝子のエキソン7から14が欠損してしまいました。C57BL/6Jマウス、最大の特徴といってもいいと思いますよ、これ。

 

 

このNntの変異については、ヒトの家族性疾患と関連していることが示唆されていたり、高脂肪食誘導型肥満(diet-induced obesity, DIO)の表現形がNnt-/-とNnt+/+では異なることが示唆されていますが、Nnt+/+だからと言ってDIOの反応性に差はないということになってます*6。つまり、ちゃんとC57BL/6Nでも脂っこいもの喰えば太ります。

 

”しかしながら”、Nnt自体はミトコンドリアでの酸化ストレスに関わっているので、その辺*7を研究してる方は、当然、C57BL/6Jは問題があることになります。表題の答えですね。

 

Simonらの論文は、この古典的なNnt変異以外にも、多くの差異があったことを示していますので、興味がある方はどうぞ。

 

結論としては、

  1. 同じ実験系で意図なく、NとJを混ぜて使わない(大前提)
  2. かといって、日本ではKOマウス作製用にC57BL/6N由来のES細胞*8が広く使われているので、どうしてもC57BL/6Nになっちゃうことがありますよ
  3. 論文で「C57BL/6」とJなのかNなのかわからない書き方してる時は、とりあえず眉間にシワよせてみる

 となります。うん。

 

 

ちなみにJackson研究所のHPでの回答

Which B6 strain is best for my studies, the B6/J strain or its substrain the B6/NJ?

 

Using a consistent strain background will promote generation of more consistent data.

ごもっとも。

 

 

次は、「飼育環境を一定にすることは何故重要なのか?」について講義します。

*1:例えば、 Seok J, Warren HS, et. al. "Genomic responses in mouse models poorly mimic human inflammatory diseases", PNAS. 2013 26;110(9):3507-12.とか

*2:"Are Mice Reliable Models for Human Disease Studies?" http://understandnutrition.com/2013/02/14/are-mice-reliable-models-for-human-disease-studies/

*3:"Why mice may succeed in research when a single mouse falls short" http://community.jax.org/genetics_health/b/weblog/archive/2013/02/13/why-mice-may-succeed-in-research-when-a-single-mouse-falls-short.aspx

*4:主なものとしては、Simon MM et al.  "A comparative phenotypic and genomic analysis of C57BL/6J and C57BL/6N mouse strains" Genome Biol. 2013 31;14(7):R82.とか

*5:Mekada K, Abe K et al. "Genetic Differences among C57BL/6 Substrains" Exp Animals 2009 58; 2: 141-149

*6:"Influence of Nnt alleles on DIO in C57BL/6 JAX® Mice" http://jaxmice.jax.org/jaxnotes/511/511n.html

*7:この辺 http://www.abcam.co.jp/index.html?pageconfig=resource&rid=15177

*8:新潟大学脳研究所・崎村研究室HP "C57BL/6由来ES細胞株RENKA" http://www.bri.niigata-u.ac.jp/~cellular/research.html

その実験、ddYでいいの?

新しく学部の3年生とか修士課程に入学した学生さんも、そろそろ自分のテーマで実験をし始めて、こなれてきてミサワ化する時期ですが、いかがお過ごしでしょうか?

 

動物学特論、最初の講義ですが、日本の薬学部系の研究室にケンカをうろうと日本で伝統的に使われているddYマウス

http://www.kyudo.co.jp/img/img001.gif

について書こうと思います。

 

ddYマウスの主な供給元:

日本SLC http://www.jslc.co.jp/

九動株式会社(旧セアック吉富) http://www.kyudo.co.jp/about_seisan_01.html

 

 

ddYマウスって書くと、ちょっと生命科学系に関わってる人なんかは『マウスの系統だ』と答えてくれるかもしれません。”系統”が指す意味にもよりますが、厳密には、彼らはクローズドコロニー(closed colony)であり、近交系統(inbred strain)ではありません。

 

クローズドコロニーと近交系の違いは次回以降に回すとして、大雑把に言えば、すべての遺伝子座がhomozygoteになっているのが近交系で、それ以外のマウスで、集団として特徴的な形質を保持しているのがクローズドコロニーです(大雑把)。

違う近交系同士を掛け合わせた第二世代(F2)以降のマウスなんかは、近交系ではないですが、集団として特徴的な形質を保持していないので、クローズドコロニーではなく、雑種(outbred)です*1。厳密な定義は、近交系もクローズドコロニーももっと複雑です。

 

さて、このddY。名前の由来は、ドイツマウス、伝研*2、予研*3のそれぞれの頭文字をとってddYとなっています。つまり、日本で樹立・維持されたネズミなんですね。ドイツマウスっていうのは古い時代のクローズドコロニーで、維持していた国名が付いているもので、他にもスイスマウスとか呼ばれます。

ドイツマウスを日本に導入したのが伝研で、その後、予研で維持されていたのでddYという名前になっている、ってことです。

 

ですので、pubmedで[ddY mice]と検索すると、見事に日本人の論文だけがずらっと並びます。2012年まで遡っても、日本以外の論文はレビュー1件を入れても4件です。

だからと言って、国内誌だけなのかって言うと、そうではなく、ちゃんと海外の有名誌にも論文が載っています。

 

で、タイトルに戻るんですが、ddYマウス使って取りたいデータが何なのか?ってことをミサワ化した頃に考えるのがいいと思うんですね。少なくともこのddYは有名なクローズドコロニーであるICR*4と違い、ほぼ日本で使われてます。

自分の実験が世界中の人に追試されて、ホントかどうか確かめられるってのには少し向かないマウスなのかなとも思います。もちろん、主に国内の薬学部系のラボで長年蓄積したバックデータがあることは非常に重要ではあるのですが

 

ということで、次回は”じゃぁ、C57BL/6使えばいいのか”というところを講義します

 

あ、クローズドコロニーなんで、供給している機関の名前が左に、「:」ではさんで、系統名が右に来ます。ちなみにDDYって書くと、”近交系のDDYマウス”のことなんで要注意でっせ

*1:よく勘違いしている人がいますが掛け合わせ第一世代については、必ずすべての遺伝子座がheterozygoteになるので、ゲノム構成が明らかと言う意味で系統として扱います。

*2:現在の東京大学医科学研究所

*3:現在の国立感染症研究所

*4:Institute of Cancer Research由来なので、頭文字とってICRとなってます。豆