マウスの話だと思った?・・・残念!コモンマーモセットちゃんでした
道端で『 やぁ、もう来年の配属先決まったかい?』なんてフランクな挨拶いただいたもんですから、空手か少林寺拳法の道場を検索してたりします、動物学特論です。
今回は、巷で有名なコモンマーモセット(Callithrix jacchus)について書いときたいと思います。夢の超大型グラントでも対象動物になったもんね!
コモンマーモセットの有用性は、著名な先生方がいろいろ書かれて、公開されているので、そちらを参照して下さい
あと、サリドマイドに対する反応がヒトと近かったことや、他の霊長類よりも世代時間が短いなどの点から、発生毒性をはじめとする毒性試験への応用研究も検討されていたりします*1
コモンマーモセットが日本に入ってきた歴史的なもの
そういう生物学的なところは本職の皆さまのHPをみていただくのが一番として、特論ブログは、「コモンマーモセットが何で日本でいっぱい居るのか?」みたいなところにフォーカスあてて書いていきたいと思います。
コモンマーモセットが実験動物として日本で研究され始めたのは意外にも古くて、1975年の文部省特定研究「実験動物の純化と開発」の「小型霊長類の実験動物化」という研究プロジェクトに遡ります*2。
この「実験動物の純化と開発」ってプロジェクトの主宰は、国立遺伝学研究所の故・吉田俊秀先生ですが、同じグラントで国産マウスの遺伝的背景の均一化やSPF化やウズラの実験動物化などを検討しているので、日本はマウスやウズラ、コモンマーモセットなどがほぼ同時に実験動物として樹立していったという珍しい研究環境だったようです*3
ちなみに、このときのコモンマーモセットの元となる”種親”は、イギリスの某巨大薬品企業から購入しています。元々野生でいたところから買ってたわけじゃないんですね。
特定研究班の分担として、現在の公益財団法人 実験動物中央研究所が研究に携わったことで、その後、コモンマーモセットの研究はこの研究機関で盛んに行われるようになり、近年では遺伝子組換えコモンマーモセットなどもここで誕生しています*4
その後、実験動物中央研究所の販売部門が株式会社化した日本クレアで、現在もコモンマーモセットの販売が行われるようになった・・という経緯なんですね(他の由来のコロニーもあります)。
コモンマーモセットの生殖特性
これらの古くからの検討をもって、現在の容易な繁殖環境の実現などが可能になってるわけですけど、特論=サンとしては生殖生理学が気になるところなので調べてみました。
- 交尾を始める雄の月齢は11~14カ月齢で、14カ月齢ではほとんどの雄が初交尾を経験していた
- 雄のテストステロン量が成獣と同等になるのは12.6±1.3ヶ月齢であった
- 雌のプロジェステロン量についても、ほぼ同様であった
- 雄雌ともに性成熟は12ヶ月齢付近と考えられる
10年以上生きるのに、脱童貞早くね?リア充爆発し(ry
一方、雌には少し面白い傾向があることが報告されています
- ペアリングの時期を早くすると、特に未成熟な雌を用いる場合は、妊娠率が低く、初妊娠月齢が遅れる傾向にあった
これはちょっと性行動とかの研究したら面白そう。
- 妊娠期間は5~8ヶ月で、なかでも5ヶ月のものが多く、初産~2産後の次の妊娠成立までの時間が長くなる傾向があった
- 1回の出産で生まれる子は1~5匹で、2匹(12ペア・各12産分, 40.5%)と3匹(48.8%)が多かった。
- 離乳率は母親に依存し、また初産・2産では離乳率が低い傾向がみられた
この部分は一般的には「2匹」と言われているため、初期のコロニーと現在のコロニーでは様子が違うのかもしれません。
以上、散文的につらつらと書いてきましたが、結論としては、僕もコモンマーモセットの研究やりたいってことなんですよね。
動物学特論でした
*1:古くはこことか
https://kaken.nii.ac.jp/d/p/03680044.ja.html あとは
http://www.sumitomo-chem.co.jp/rd/report/theses/docs/20000206_89y.pdf とか
*2:このグラントの直前にサリドマイドの反応がヒトと似ているとの報告がされています。その後は、科学技術振興調整費などの研究費で研究が継続されていきました
http://www.nig.ac.jp/museum/anime/genomusi/nig60/index.html
*4:
Sasaki E et al. "Generation of transgenic non-human primates with germline transmission" Nature 459:523-7, 2009
凄いスピードで走らない方の”F1”
年度の切り替えで色んな雑務が山積みになってる皆さん、ドーモ。任期終わるのに、来年の関連書類を作成してる、特論=サンです。バクハツシサン!
さて、色んな報道もあって、”例のあの方”の問題は科学的には片付くような気がしますが、動物学特論としては「F1マウス」について、書いておかないといけないと思ってます。報道で勘違いが多いんですが、F1マウスっていう凄く早そうな固有のマウスがいるわけではないです。
マウスおよびラットの命名方法はルールがあって、日本語でも公開されています
http://www.jalas.jp/pdf/iczn.pdf
ただ、上の日本語版だと致命的なことに、本文のリンクが間違ってるので、張っておきますね
MGI-Guidelines for Nomenclature of Mouse and Rat Strains
この場合、Fはフォーミュラではなく、Filial(=雑種世代の, 子の)の頭文字です*1。このFは近交系同士の交配の世代数にも使います。
「F1マウス」って単に書かれると、「交雑第1世代のマウス」ってことを意味してますので、どんなマウスなのか想像することできないんですね。親の情報何にも書いてないことになるので。
最初の頃の記事に書いたように、”近交系マウスはほとんどの遺伝子がhomoとして維持されているマウス”ですので、近交系と近交系の掛け合わせ第一世代(F1)は、すべての遺伝子をheteroに持つ個体になります。ですので、F1マウスは近交系ではありませんが、ゲノムの構成が明らかなので、系統と同じように扱います。
今回の事例だと、129X1(旧名 129/Sv)とC57BL/6の掛け合わせですので、
129B6F1:雌が129X1、雄がC57BL/6
B6129F1:雌がC57BL/6、雄が129X1
の2種類のマウスが生まれる可能性があり、これらを雌雄逆転交配(reciprocal cross)とか呼んだりします。この両者の場合、ミトコンドリアDNAとY染色体が異なることになりますね。
命名法のルールで、”左側に(最初に)雌の系統名を書く”ということになっているので、某所で話題のマウスは雌が129X1ってことになるわけです。
ちなみに、B6129F1マウスは、タコニックで販売しています*2
(写真はタコニック社より引用 http://www.taconic.com/B6129 )
このF1マウス同士を掛け合わせる(inter cross)と、交雑第二世代のF2マウスとなります。このF2マウスは、それぞれの染色体について、元の両親のどちらのものを持っているかがわからなくなるため、雑種(Outbred)となります。
例えば、
129B6F1 X 129B6F1の交配で生まれた129B6F2マウスは、ミトコンドリアDNAが129X1、Y染色体がC57BL/6由来という以外は、すべての染色体でどちらの親由来かはわかりません。
加えて、卵子や精子の生産過程で、染色体の相同組換えも起こるので、F2マウスのゲノム構成はバリエーションに富んでいることになります。
左が雌で右が雄、交配自体の記号は「×」で系統名では省略可。ついでに「/」は近交系における亜系統を分ける記号なので、交配やF1・F2マウスには使わないってことだけ覚えて下さいね。テストに出します! ・・・講義もってないけど
追記:
Q 例のあのお方はなんでF1マウスを使ったの?
A それ、本人に聞かないとわかりませんよ。ただ、一般的にはマウスの細胞、特に卵子や胚などは、近交系由来だと弱いことが昔から言われていて、発生工学の材料としてB6C3F1などの雑種を用いるのはよくあります。
*1:ですので、戻し交配であるバッククロスの場合は、Fは使わずNを使います。あれ?そういえば、このNって何の略だっけ?
*2:特殊な系統については、Jackson研究所でも販売しています http://jaxmice.jax.org/strain/100409.html
ESについても問題なく作れるみたいです Jean-François Schmouth et al. "Non-coding-regulatory regions of human brain genes delineated by bacterial artificial chromosome knock-in mice" BMC Biology 2013, 11:106 とか
虹を掴むマウス・BALB/c
前回の記事で、Abbie Lathropの話をちょろっと書いたので、いつかマウスの研究に重要な人々の記事書きたいなぁとか思ってます。海外の先駆者たちだけでなく、日本で最初のマウス飼育施設を、”私費で”作った野村達次とか
さて、マウスの系統紹介第3弾として、『白いネズミといえば、ICRかこのネズミ』っていうくらいのアルビノマウスの定番・BALB/cについて書きたいと思います。
BALB/c
(写真はジャクソン研究所から引用 http://jaxmice.jax.org/strain/000651.html)
免疫などの研究では本当によく用いられます。あとは、クローズドコロニーの中に生じた突然変異であるFoxn1<nu>を交配により導入した、免疫不全マウス BALB/c-Foxn1<nu>(ヌードマウス, 交配による変異導入を行っているので正式には、C.Cg-Foxn1<nu>)も論文などでよくみかけると思います*1。
CAnN.Cg-Foxn1<nu>/CrlCrlj (ヌードマウス)
(写真は日本チャールズリバー社から引用 http://www.crj.co.jp/product/domestic/detail/29)
BALB/cの名称は、1913年にHalsey J. Bagg博士が発見したマウスということで、”Baggのアルビノ(albino, 白毛に赤い目)”から来ています。
このマウス、オハイオ生まれの”ニューヨーカー”と言う事でJames Thurber*2だと思って下さい。あ、どうでもいい脱線です。
1920年にBaggからCC. Little、E.C. MacDowellとG. Snellに分与され、それぞれに維持されます。現在使われているBALB/cは、この時、G. Snellがジャクソン研究所で維持していたものになります。
もうお分かりですよね、このBALB/cをジャクソン研究所で最初にコロニー維持した人物こそ、1980年にノーベル生理学・医学賞を受賞したGeorge Davis Snellその人です。
その後、Snellはこのマウスを1935年にNIHに送り、この白い毛の色(color)の遺伝子座を示すためにc/cと表記したことで、Bagg's Albino c/cの頭文字をとってBALB/Cとなり、命名法決定後にBALB/cとなりました*3。
ちなみに、よく日本語の文献でみる「Balb/c」などは、大文字と小文字で別の意味があるマウス命名法では明らかな間違いなので、気を付けて下さい。略号も「BALB」や「B」ではなく、「C」ですよ
BALB/cは、BALB/cJ(原系統)とBALB/cByの異なる二つの亜系統が知られており*4、それらの間で表現形の違いがあります。この点は、特に、日本で手に入るBALB/cについては注意が必要です。
BALB/cBy
(写真はジャクソン研究所から引用 http://jaxmice.jax.org/strain/001026.html)
何がまず違うかというと、増えやすさが違います。原系統のBALB/cJはなかなか増えない系統であるのに対し、By亜系は安定して繁殖することが知られています。ゲノム上では17番染色体の一部に差異が発見されており、性格としては、攻撃的なBALB/cJに比べ、By亜系では攻撃行動はそれほど顕著ではありません。
また最も重要な亜系統間差として、腫瘍形成の差も報告されています*5。日本で売っているBALB/cは由来が不明瞭なものもありますので、これらの点を踏まえて、”少なくとも同じ実験で亜系統を統一して用いる”ことが非常に重要です。
というわけで、次マウスの紹介するときはDBA/1・DBA/2あたりを書きます。特論でした
*1:ちなみにヌードマウスは別にBALB/cバックのものだけでなく、C57BL/6バックのもの(B6.Cg-Foxn1<nu>/J)やAKR/Jバックのものあります
*2:映画「虹を掴む男」とか「LIFE!」の原作の人
*3:この時にNIHなどに送っていたおかげで、ジャクソン研究所の火事になった際に、元系統がなくなるという事態を避けられたりしてます。バックアップ超大事
*4:細分化すると、他にもBALB/cGaJ、BALB/cGrRkJ、BALB/cWtEiJなどがあります
*5:JAXのページ参照 http://jaxmice.jax.org/jaxnotes/archive/430a.html
C57BL/6の華麗なる一族
理研とはまったく縁のない動物学特論です。遠目で「あれが、理研かー」くらいはあります。憧れはありましたけどね
さて、前回に引き続き脱線したままの特論ですが、今回は某所の記事*1にあったもう一つの系統であるC57BL/6(いわゆるB6マウス)について書こうと思います。
C57BL/6マウス
(写真は、Jackson研究所HPより引用 http://jaxmice.jax.org/strain/000664.html)
だいぶ前の記事でも紹介しています。
じゃぁ、C57BL/6マウスを使えばいいのか? - doubutsutokuronの日記
C57BL/6は、1921年にCC. Littleが樹立したC57BL系統というマウスに由来します。
この「C57」というのは、A. Lathropという方が作ったマウスファームから買ってきたCode No. 57という雌マウスと、Code No. 52という雄マウスから生まれてきたマウスであることを示しています。
実はこの時に、同じ親から生まれた別の近交系としてC57BR、C57Lという2つの系統がいます。もうお分かりだと思いますが、BLはブラック(黒毛)、BRはブラウン(茶色)、Lはライトブラウン(leaden, 鉛色)を示しています。
C57BRマウスは他のC57系と比べて、睡眠の取り方が他の系統と異なっていたり、学習効率が良かったりするなどの報告があったり*2、また、C57Lマウスは腫瘍の研究だったり、実験的自己免疫性脳脊髄炎のモデルとして使われたりしています。
C57L/J
(写真はいずれもJackson研究所より引用 http://jaxmice.jax.org/strain/000668.html)
どちらも日本国内にいることはいるんですが、ちょっと入手しにくいところに居たりします。
ちなみに、このLathropさんは、切手の図柄になったりする程、現在のマウス遺伝学で重要な人物なのですが、それはおいおい書きます*3。
このCode No. 57(と52)から生まれたC57系統の中で、繁殖が最も容易だったのがC57BL系統であり、以後、このマウスを中心に様々な研究が行われることになるわけです。つまり、今日われわれがC57BL/6を主なマウス系統として使ってる理由は、元をたどれば「増えやすかった」の一言ですむわけです、ええ。
こうやって作出されたC57BL系統は、さらに別の近交系へと分かれて行きます。主なもので
- C57BL/A
- C57BL/An
- C57BL/GrFa
- C57BL/KaLwN
- C57BL/6
- C57BL/10
- C57BL/Ola
などがあります*4。
特に、C57BL/10系統はC57BL系統を由来とする近交系の中では、C57BL/6の次に有名なもので、ほとんどC57BL/6と同じ特徴を持っていますが、リンパ腫を高発することなどがちょっとだけ違います。
C57BL/10
(写真はJackson研究所より引用 http://jaxmice.jax.org/strain/000665.html )
実はこのC57BL/10は、C57BL/6よりもさらに繁殖が容易で、しかも高齢になっても交配が可能という特長を持っていて、前述の理屈から言えば、こっちがメインになるはずだたんですが・・・まさに不遇の王者というか、なんというか
これらのCode No. 57の子孫たちは、それぞれ近交系に分かれたあとに、維持している研究機関によって亜系統に分かれて行きます(例えば、C57BL/6はNIH維持のものが、C57BL/N、Jackson研究所維持のものがC57BL/6Jになります)。
国際命名規約*5に従えば、「/」の右側にこの亜系統名を書くことになっているので、ここをみれば、維持している研究機関がわかります。ただC57BL/6・C57BL/10およびDBA/1・DBA/2、BALB/cなどは例外ですので、6や10、1・2、cの右側からが亜系統シンボルになりますのでご注意。
それではどっかで “Mouse Woman of Granby”(グランビーのマウス女)こと、Abbie Lathropの話を書きたいと思います。では最後にカッコいい言葉の引用で
The introduction of inbred strains into biology is probably comparable in importance with that of the analytical balance in chemistry.
- Hans Gruneberg
*1:http://www.nikkei-science.com/wp-content/uploads/2014/06/20140611STAP.pdf
*2:残念ながら、入手困難な論文ですが Pagel J et al. "The relationship of REM sleep with learning and memory in mice." Behav Biol. 1973 Sep;9(3):383-8.
*3:Jackson研究所でもCC. Littleだけではなく"from Miss Abbie Lathrop's stock"とLathropの名前を挙げて、敬意を示しています
*4:ここを参照して下さい http://www.informatics.jax.org/external/festing/mouse/docs/C57BL.shtml
某所で話題の129マウスとは、何だ!?
ドーモ、30日以上も更新サボった挙句、飼育環境の話題から脱線して流行りに乗った動物学特論です。サツバツ!
さて、某所*1で話題の「129マウス」とは一体何でしょうか?ってことを書こうと思います。
129マウスとは、LC. Dunnによって1928年に樹立された近交系の一つで、精巣奇形腫(テラトーマ)の研究に用いられました。また、各報道にもあったように、たまたまES細胞の"出来"が良かったため、初期の遺伝子改変マウス作製時のES細胞のドナーとしてよく用いられました*2。
(写真は、129X1/Sv 引用元 日本SLC http://www.jslc.co.jp/)
ちなみに、多くのマウス近交系を樹立したCC. Littleも129系統のテラトーマの研究をしてたりします*3。マウス遺伝学の人々にとっては、Littleの論文なんて、大変ありがたい古文書みたいな感じですね。
ところが、129には他の系統にはない、とっても厄介な問題があります。それは、
という3点です。
1の「亜系統が多すぎる」ですが、大雑把に分けても、
129P亜系
(写真は129P1/ReJ, 引用元 http://phenome.jax.org/db/q?rtn=projcontent/Jax4_onestrain&reqstocknum=001137&composite=yes)
129S亜系
(写真は129S1/SvImJ, 引用元 http://jaxmice.jax.org/strain/002448.html)
129T亜系
(写真は129T2, 引用元 http://phenome.jax.org/db/q?rtn=strains/details&strainid=51)
(写真は129+Ter/Sv(129T1), 引用元 日本クレア http://www.clea-japan.com/animalpege/a_1/e_06.html)
見ての通り、毛色から全然違います。
ちなみに、某所のリケジョ*5がお使いになられたのは129/Svと論文に記載されていますが、その名前はすでに使われていません。正式には、129X1/Svという名称で、日本SLCで販売しています*6。
2の「亜系統間で表現形が違いすぎる」については、よく教科書的に”129はテラトーマが頻発する”と書かれているのは、主に、deadend遺伝子にTer変異(Dnd1<Ter>)のある129T亜系のことです*7。P亜系やS亜系ではそれほど頻発しません。
また、129S亜系の一つ、129S6なんかではDisrupted-In-Schizophrenia (Disc1)遺伝子に変異が入っていて、記憶がおかしいことが示されています*8。ただ、この表現形については、”いやいや、S6だけじゃなくて全部の亜系がそうですよ”という論文もあったりするので、要注意です。
またまた、脳りょう(corpus callosum)の形成不全が頻発する亜系統も存在したりします*9。
129マウスって「何言ってんだよ、それだけじゃわからねーよ。もっと正確に伝えてくれよ」ってのがおわかりいただけましたでしょうか?
それでは私は日課(切実)のJ-recinの海へダイブしますんで、これで
*1:こことか http://www.nikkei-science.com/wp-content/uploads/2014/06/20140611STAP.pdf
*2:現在は、C57BL/6Nをはじめ、色んな近交系でES細胞が樹立されています, Schoonjans L et al. "Improved generation of germline-competent embryonic stem cell lines from inbred mouse strains." Stem Cells 2003;21(1):90-7. など
*3:Stevens LC, Little CC. "Spontaneous Testicular Teratomas in an Inbred Strain of Mice." Proc Natl Acad Sci U S A. 1954 Nov;40(11):1080-7.
*4:代表的なところとして, Vasudevan K, Sztein JM. "In vitro fertility rate of 129 strain is improved by buserelin (gonadotropin-releasing hormone) administration prior to superovulation." Lab Anim. 2012 Oct;46(4):299-303. 感想:へー、Szteinこんなの出してたんだ
*5:話題のあの方
*7:Kirsten K. Youngren et al. "The Ter mutation in the Dead-end gene causes germ cell loss and testicular germ cell tumours" Nature. 2005 May 19;435(7040):360-4.
*8:こことか Koike H et al. "Disc1 is mutated in the 129S6/SvEv strain and modulates working memory in mice." Proc Natl Acad Sci U S A. 2006 Mar 7;103(10):3693-7.
*9:129/J, 現在では12P3/J Livy DJ, Wahlsten D. "Retarded formation of the hippocampal commissure in embryos from mouse strains lacking a corpus callosum." Hippocampus. 1997;7(1):2-14.
飼育環境を一定にすることは何故重要なのか?その2 ―湿度―
来年度の就職先が確定しないまま前期が過ぎ去っていくときの恐怖感は何年経っても慣れませんね、動物学特論です。胃と歯が痛いです。
前回、温度を一定にする意味を書きましたので、次は湿度(相対湿度)について講義しようと思います。
湿度を一定にするということの重要性
梅雨時期にジメジメして冬はカサカサする日本では、この項目のコントロールが一番難しいような気がします。建物的には、加湿は簡単にできるんですけど、除湿って結構制御が難しいんですよね。
湿度がラットの飼育管理に重要であることは、かなり古くから発見されていた「ring-tail」*1と呼ばれる、ラットの尾がリング状に壊死する現象と湿度が関連するという知見によります。
この現象は、(1) 一定の室温下で、低湿度環境に曝露すると頻繁に生じることが知られており、さらに (2) ラット系統間で発生頻度に差があること、(3) 床敷きや餌で軽減できることが示されています。また2000年代になって、表皮の肥厚と過角化が起こっていることが示されました*2。この状態のラットを実験に用いるってことは、当然おススメできません。
一方、マウスでは高湿度・低湿度条件下で離乳前の死亡率が上昇することが報告されています*3。また、ICRマウスでは、特に高温環境下(30℃以上)で高湿条件飼育の場合、心拍数や体温、呼吸回数が増加することも報告されています。
このように、温度と同様に、マウスの繁殖群やラットで、実験データに影響を与えることが示唆されています。
実際の相対湿度基準
日本での基準は*4
東北大学:望ましい基準値 40%~60% 許容範囲 30%~70%
長崎大学:40~60%(30%以下若しくは70%以上になってはならない)
となっていることが多いと思います。
で、諸外国がどういう基準範囲を使っているかと言うと、Guide for the Care and Use of Laboratory Animals*5では、やはり30-70%のRHを基準としています。
また、
Microenvironmental relative humidity may be of greater importance for animals housed in a primary enclosure in which the environmental conditions differ greatly from those of the macroenvironment (e.g., in static filter-top [isolator] cages).
と書かれているように、静圧式のフィルタートップ*6なんかを使っている場合ではさらに注意が必要だと言われています。
また高湿度条件下では、ケージ内のアンモニア濃度とも関連しながら(特にマイクロアイソレーターケージなどにおいて)、マウスの鼻腔に特に影響を与えると言われています。
いずれにしても、これらの制御は室温や換気回数など別の制御因子とも密接に関連するため、一般の実験室を改装した飼育室ではなかなか難しいのが現状です。
まとめ
- マウス繁殖維持群やラットの飼育維持には、湿度管理が重要である
- フィルタートップやマイクロアイソレーターケージを使用する時は、ケージ内の飼育頭数の管理する・床敷きの交換頻度を上げるなど、部屋の湿度に比べてさらに慎重に湿度を管理する必要がある
- なるべく中央動物実験施設を使用する(懲りずにステマ)
またイントロにも別の理由で少し書きましたが、ラットのブラケット式自動水洗飼育ケージ(下が金網になってるタイプ)は、床敷きがないため、余計に湿度や温度の影響を受けると言われています。まず、なるべく使わない事をおススメします
*1:時々訳本でラットとアライグマが・・・ってされてるけど、違いますよw
*2:Crippa L et al. "Ringtail in suckling Munich Wistar Fromter rats: a histopathologic study". Comp Med. 2000;50(5):536-9.
*3:Clough G. "Environmental effects on animals used in biomedical research". Biol Rev 1982;57:487-523.
*4:いつもの2大学。外部から全部見れるって意味で選んでます。例えば東大なんかだと、外部からは一部しか見れないので
*5:http://grants.nih.gov/grants/olaw/Guide-for-the-care-and-use-of-laboratory-animals.pdf
*6:免疫不全動物なんかを飼育するために、マイクロアイソレーターラックの代わりに使うもの。こんなのとか http://www.nazme.co.jp/products/products_detail.php?no=KN-617&id=74 歴史的にはフィルタートップの代わりにマイクロアイソレーターラックが登場したわけですが
飼育環境を一定にすることは何故重要なのか?その1 ―温度―
『特論だから、著名な先生来るんだよな!』みたいな院生の期待が、音を立てて崩壊するのを壇上で経験したことありますか?僕はあります、動物学特論です。
さて、先日イントロを書いた飼育環境の話。まずは飼育の際の温度について、マウス・ラットを例に講義します。
すでに本職の先生が詳しくまとめられているので、そちらを参考にしてもらえばいいのですが*1、外部からも見れる日本の動物実験施設での基準を2つほど書きだしてみます。
- 東北大学:マウス・ラット・ハムスター・モルモット 20~26℃、ウサギ・サル・ネコ・イヌ 18~26℃
- 長崎大学:マウス・ラット・ハムスター・モルモット・ウサギ 20~26℃、サル・ネコ・イヌ 18~26℃
このように、似たりよったりな基準がほとんどの大学で採用されていますが、これはひな形となる「実験動物の飼養及び保管等に関する規準」が日本実験動物環境研究会(Japanese Society for Laboratory Animals and the Environment)*2から出されていて、これを参考にしているためです(もしくは、これらの動物実験施設の管理者が策定にかかわっているため)
この基準はどうやって決められたのか?
さて、ではこの基準はどうやって決められたのでしょう?ほとんどはアメリカなど諸外国の規定を参考にして決められている訳ですが、それにしたって”その大元となる根拠”がどこかにあるはずです。
その辺の詳しい解説が『実験動物の環境と管理』に示されています(どっちかというと、旧版の方が詳しかったりしますが)
私たちのような「温度は一定に管理してる動物実験施設で、実験を行うもの」として当たり前に受け入れている世代ではなかなか室温の影響なんかを実験しようにもできない(=お金が出ない)ので、必然的に古い論文なんかを参考することになるわけですが、例えば、
- マウスでは、低温環境下(12~18℃)でも、初産・2産ともに出産率・離乳率・平均産子数は変わらないが、高温環境下(28~32℃)では平均産子数・離乳率が有意に低下し、初産よりも2産で影響が顕著である
- ICRマウスでは、低温環境下および高温環境下で、摂水量が増加するが、高温環境下の方がより顕著である。Wistarラットでは、高温環境下でのみ摂水量が増加する
- ICRマウスでは、高温環境下において、哺育中の子供の体重が低下する。この現象は、2産よりも初産でより顕著にみられる
- Wistarラットでは、4週から9週までの体重の増加において、雄では高温環境下で、雌では低温環境下・高温環境下ともに、20~26℃環境下での飼育よりも減少する
- 妊娠したラットを32℃以上の高温環境下で飼育すると、妊娠21日目付近で死亡する個体が出てくる
- ICRマウスにおいて、低温環境下・高温環境下で飼育された個体では、臓器重量(体重比)に差異が生じた
などの例が、挙げられています(古い論文を下敷きにしているので、この本のデータがどのくらい本当なのかってことには注意が必要ですが)。また最近の論文だと、腫瘍に室温の影響があることが示されたりしてます*3
というわけで、室温を一定にするってことは、何も法律や省令を遵守するってだけではなくて、自分の実験データに余計なノイズを入れないためにも重要な事なんですね。
動物の体温に影響するポイントって何か考える
で、具体的に、自動制御している空調を持った動物飼育室の何が室温に影響するのかってことですが、空調機の制御方式(センサーなど)・室内の気流・湿度・換気の回数・動物の飼育密度などが影響すると言われています。
イントロでも書いたように、日本では明確な設置基準を持たないため、実験室の一部を動物飼育室に改装し、”一般の空調機で”室温管理する研究機関も依然として存在しています。これらの場合、気流や湿度、換気の回数などの制御は、ほとんど期待出来ません。そういう場合は、日々、気温とかモニタリングしてないといけないわけですね。
一方、中央動物実験施設の空調管理に問題点はないかって言うと、当然、あります。ほとんどの研究機関の動物実験施設では、空調機の温度センサーは各部屋ごとには設置されていません。もちろん、予算が潤沢にある機関であれば、そうしたいのは当然なんですが、ほとんどがエリア制御*4しています。管理者に問い合わせて、『いやいや、当所は各部屋ごとに温度制御していますよ。えっへん』って場合も、施設整備の部署に問い合わせると、大概、エリア制御してます。
このようなエリア制御の利点は、低コスト運用が可能ということですが、当然、基準となる部屋のセンサー付近に予期せぬ事が生じた場合は、エリア内全体の室温がずれてしまいます。動物実験施設の空調機の設定は、動物の飼育密度を考慮に入れて設計することが多いので、センサーが設置してある部屋がガラガラだったり、過密飼育だったりすると、ちょっとずつずれたりします(実体験)。
それでも、一般の空調機よりは動物向けの制御ができることには変わりはありませんけどね
結論
- 実は室温って、結構、実験データに影響する
- 一般空調では動物飼育室の室温制御は割りと難しいので、可能な限り、所属してる研究機関の動物実験施設を利用した方が無難
以上、非常に長い共通利用施設のステマでした
次回は、湿度と照明とかやります
*1:この辺とか http://www.jalas.jp/gakkai/edu_training.html この辺 http://www.clar.med.tohoku.ac.jp/regulations.html
*3:Kokolus KM et al. "Baseline tumor growth and immune control in laboratory mice are significantly influenced by subthermoneutral housing temperature" PNAS. 2013;110(50):20176-81. とか。ただ、このグループの論文ばっかりヒットしてくるので、注意
*4:基準となる部屋にセンサーを設置し、エリア内は同じ空調機で制御する方式