科学インフラの話

動物実験施設にどのくらいお金がかかるのか?』

 

・・・なんて話は,おそらく意識したこともないのではないでしょうか?それとも,「いやいや、マウスの値段も知ってるし、飼育経費だって1ケージいくらって知ってる」でしょうか。今回は”その先”のお話について,少し書きたいと思います。

 

ケージいくらか知ってる?

皆さんが動物実験施設でマウスやラット,あるいはその他の動物を飼育する場合,間違いなく専用のケージ(あるいは飼育器材)を使っていると思います。日本ではそのほとんどが,毎回洗浄されて,滅菌したものを使っているでしょう。

 

さて,このケージの金額はいくらでしょうか?

 

日本にはケージの面積に関する規定が明文化されたものはありませんが(国としての基準がないというのは,かなり深刻な問題なんですが),国内の施設であればILAR guideに準拠している『はず』ですので,この面積基準を満たすもので考えます。

また,上に書いたように,毎回のオートクレーブ滅菌に耐えうるものでないと使えませんので,素材は限られてきます。日本クレアや,日本医化器械などでそれぞれ売っていますが,おおよそケージと蓋1セットで1万円です

 

さらに,ケージを週に1回洗浄・オートクレーブすると,たとえオートクレーブ耐性素材でも,およそ2~3年で破損します。つまり,2~3年に一回は再購入なわけですね。

3万匹くらい飼育できる施設だと,補充分でだいたい100~150万円/年が必要になってきますので(蓋は自前修理が前提),1匹あたり0.1円/日かかることになります。

 

 

毎日の飼育維持に必要なお金

この他に,マウス・ラットだと餌や水,床敷が毎日必要になりますが,水は水光熱費でまとめて計上するとして,

 

  • 餌(RI滅菌飼料):10kgの価格5,000円÷10,000=0.5円/gですので,1日の摂餌量(文献値で,およそ4g)を考えると毎日2円程度かかります。
  • 床敷(オートクレーブ滅菌):紙製床敷を,Sサイズのケージに適量ずつ使用すると,だいたい200ケージ分で1箱(10kg)消費しますので,これで計算すると,1日あたり1ケージ3円程度(1ケージ5匹飼育として,1匹あたり0.6円/日)かかります。

 

水光熱費は前述した3万匹くらい飼育できる施設で,22±2℃,40ー70%RH,換気回数16回/h以上の一般的なSPF条件を実施した場合,実測値ベースで,年間1億5千万円くらいかかります。それを単純に3万匹(延べ飼育匹数として,3万匹×365日=1,095万匹)で割るとして,1日「1匹あたり」14円程度が水光熱費として,必要になってきます

 

つまり,SPFレベルでオープンラックで飼育しているだけで(ケージ,消耗品,水光熱費),毎日16.7円/匹が必要になってくるわけです

 

もちろん,これに施設管理や,ケージを洗って滅菌してくれたり,ケージ交換をしてくれる職員の人件費は含まれていません。全部自前で行った時の金額です

ですので,やはりモデルケースとして,マウス3万匹を飼育可能な施設を想定した場合,必要な人員は,

 

  • ケージ洗浄・滅菌:3~4名
  • ケージ交換:4~5名
  • 施設管理・微生物統御管理:1~2名

 

この程度でしょうか。それぞれを年収250万として(ありえないですが),毎日5万5千円程度かかり,マウス1匹あたりに換算すると1.8円程度かかってきます。

 

つまり最低限の施設運営をするためには,マウス1匹あたり18.5円/日が必要になってきます。

 

 

じゃぁ日本の飼育料金(研究者が払う金額)はどうなってるのか?

というわけで,日米でパッと調べられる分を調べてみました。

 

  • アメリカ(n=9):1匹あたり13円/日ー37.4円/日,平均 1匹あたり26円/日(1ケージあたり129円/日)
  • 日本(n=15):1匹あたり2.8円/日ー12円/日,平均 1匹あたり5.4円/日(1ケージあたり27円/日)

  ※$1 = 123円で換算

 

 

あくまで調べられる範囲でしたので,この数値がどこまで正確かは今後の追加検討が必要ですが,いかがでしょうか?

 

日本の場合,ほとんどの機関が前述の必要な金額に届いていません

 

こういう話をすると,「日本では一部を大学本部から補填している」とか「人件費を大学で負担している」と指摘されますが,アメリカでも寄付金や本部が補填しているという記載がHPなどにされていますので,条件は日本もアメリカもほとんど変わりません。なのに,日本は圧倒的に研究者が共通施設に払う金額が低いことがわかります

 

 

「安いから研究しやすいし,いいだろ」という意見も出てくると思いますが,こんな金額で運営なんてもう無理なんですよね。しかも,毎年運営費交付金が減っていくわけですから,大学が補填していく部分もどんどん少なくなってくるのは当たり前です。

 

こんな状況下で,スーパーグローバルなどと言って,世界レベルの研究拠点とか言い出してるんですから,お寒い限りです。あれを言ってる人たちは,どのくらい本気なんですかね?

 

 

最後に:心配していること

特論が危惧しているのは,平成30年に予定されている動愛法の改正で,市民団体などからの要求で,欧米並みの管理強化を要求された場合,上記のように,ただでさえ逼迫している国内の動物実験施設はおそらく対応することができなくなるということです。

 

科学研究のためのインフラについては,もっと科学者自身や文部科学省をはじめとする所管官庁が一緒になって真剣に議論していくことを望みます。

 

そろそろこの業界から足を洗う予定の特論でした。

 

追記:

ちなみに私は,もう『全部の大学がそれぞれに動物実験をする』ということをやめてしまえばいいと思っております。